第六話「飯坂玲人」 飯坂玲人は俯きながら連行されていった。 彼の耳にはマスコミの罵声は届かなかったようだった。強盗殺人事件の現行犯で逮捕された彼は、言ってしまえば馬鹿である。日本国内の逮捕率は戦争が始まってから急激に減少する事になり、そもそも犯罪が起きたことが報道される事さえ珍しくなった。つまり治安が悪くなったのだ。それでも彼は捕まったのだから、罪を犯す素質が無かったと言える。 唯一の救いはその呆気なさ故、逮捕後にメディアに追われることが無かったことだろう。 メディアは電車内で起きた大量怪死事件に目を奪われたようで、彼が脱獄したことがニュースに流れることは無かった。 初の任務が課された。強盗殺人犯が脱獄し、逃走中だというのだ。こんな世界でも一応法律は使われている。俺たちの任務はそいつを捕まえて国内の安全を保つこと。殺すことは今回許されていない。 華ヶ浦は早速二日前に俺が買った服を着ている。琴坂も私服だ。国内警備課に制服は無い。それに私服のほうが犯人に警戒されることなく近づけるだろう。それに、刑務所送りになった時点で、釈放まで囚人にはGPSがつけられている。これは囚人には知らされない事実。つまり、飯坂玲人は大馬鹿ってことだ。 GPSの位置を目指して歩いていく。建物内で止まっている事から、そこを拠点にしているのだろう。 「しかし、犯人も可哀そうですねえ、せっかく脱獄の計画を決めて成功したっていうのに、実はGPSが埋められていて場所は筒抜けだった、って。」 華ヶ浦がスマホを眺めながら呟いた。そこに琴坂が口をはさむ。 「そ、それもありますけど、もしかしたらですけど、飯坂さんには強盗をした理由があったんじゃないか、ってあたし思うんです、息子さんや弟さんがいて、その人の学習費とか…」 ダメだこいつら。国内警備課に向いてない。犯人に同情はいらねえんだっての。 「そう言って肝心な時に迷うんじゃねえぞ、犯人はどこまで行っても犯人だ。可哀そうだから逃がしてあげるとかは要らない。」そんな事を言っている間に、目的地は目の前にあった。ここだな、と思い、ヒビだらけのアパートに近づく。GPSで何号室かも分かるので、階段でそこまで歩いていく。ノックを二回。 「国内警備課だ。扉を開けろ。」 静寂がボロ家を包む。さっきの動きをリプレイするようにもう一度。 「国内警備課だ。扉を開けろ。」 無駄な抵抗といったところか。扉を蹴り飛ばす。異能注射で変に頑丈な足だ。一撃で壊せる。 スニーカーと扉がぶつかり、大きな音が響く。標的を見つけた。ポッケに手を突っ込んでいる。 「随分余裕そうだな。大人しく連行されろ。そうすれば武力を使うことは…」そう言いかけた。左頬に風が当たる。後ろを向くと壁が壊れている。 「マジか。」 異能。飯坂玲人は異能を持っていた。でも何故?奴は赤紙を受け取っていない。異能注射は赤紙が届いた人にのみ使われる技術だ。 しかし、異能同士の戦いはあまりしたことがない。 「異能使いか。こりゃ、罪状に『勝手に異能注射を使った罪』も追加かな。」 飯坂は口を吊り上げて笑った。 「俺だってしたくなかったさ。俺はしょうがなく罪を犯した、悲劇の主人公だってのに。そんな無慈悲にされちゃ、泣いちゃうね。」飯坂は指を銃の形にする。 琴坂。俺ら三人の中だったら女で最年少の琴坂が絶対に狙われる。 「そこの女の子から。安心しろよ、俺、女は殺さない主義だから。ちょっと眠っててもらうよ。」
六話です。こんにちは。