声が出ない。 今まで散々相談に乗ってきたのに、かける言葉が出てこない。 「…ははっ..」 廻嶺の力無い笑い声が辺りに響く。 目の前のコイツは腹から多量の血が吹き出ている。 いつもなら回復してしまう体を見て悲しそうな顔をするのに、今に限って、コイツの体は回復していない。血は溢れ出続けるばかりだ。 視界に映るのは仲間を守ろうとし、戦いに敗れた廻嶺。 "英雄"の姿、自分の教え子の姿 いつも笑顔で、 いつも誰かの笑顔の裏で泣いて、 優しくて、無理ばかりする、 俺の大切な、なにより大切な人 コレが作られた物語の1ページに過ぎないのなら、ここで負けるべきだった。 俺は勝ってしまった。"悪"である俺が。 殺してしまったんだ。あの子を殺した奴を殺す為に入ったこの組織で、一番最初に殺したのが教え子なんて。 俺はとんだ悪党だ。 「....廻嶺」 やっと声が出たかと思ったら、ソレは感情が乗った、教師というには頼りない声。 そんな俺を心配したのか、失神してもおかしくはない出血量にも関わらず、廻嶺はよろよろと立ち上がる。 そのままゆっくり近づいてきて、息が止まるほど、俺をぎゅっと抱きしめた。 数秒間の沈黙の後、そっと離れると、 とびっきりの笑顔を見せた。 いつもの取り繕っていたあの笑顔ではない。 ちゃんと、感情のある笑顔 初めて、俺にだけ見せてくれた笑顔 やめてくれ。 そんなの最後の最後に見せつけないでくれ。 もう戻れないのに、その笑顔を見ると戻れてしまうような気がする。 何の変哲もない日々に。 「最後は、君がね...俺を..殺すんだぁ..」 「っ!」 思いがけなかった廻嶺の言葉に、驚きを隠せない。 放って置いても、廻嶺は出血多量で死ぬだろう。でも、 「...だい、じょうぶ...だよ。 俺が居なくても..それでも、どうかっ... 君だけは明るい未来を生きて...!」 最期くらい"先生"として、終わらせてやろう。 涙を目の下に溜めて笑顔を見せる廻嶺の頭に、震えるピストルの銃口を向け、トリガーを引いた。 一つの銃声と、廻嶺がいつも身に付けていた三日月のネックレスが割れる音が響き渡った。 「悪いな、廻嶺。 先生も十分な土産話を用意できたら..その時は すぐそっちに行ってやるから」 倒れて動かなくなった廻嶺にそう言葉を残して、俺は足早にその場を立ち去った。 _あれから何年経ったのだろう。 かつて、俺達back worldの本拠地であったこのビルの屋上で、あの頃に思いを馳せていた。 此処での目的は達成した。PEACEと俺達の戦いもとっくに終わった。お互いに犠牲者を出して。 夜繰も、もう一人で大丈夫だろう。アイツならきっと、俺より上手くやれるはずだ。 こんなしんみりしてちゃダメだな、アイツにまたからかわれる。 ボロボロになっているフェンスを乗り越え、縁に立つ。 「土産話、持ってきてやったぞ。廻嶺。」 既視感のある地面と壁がぐんぐん近付いてくる。 生憎、俺が死ぬのも、あの日、俺が廻嶺を殺したあの場所らしい。 その場所から、廻嶺が俺に微笑んでいるように感じたのは気の所為だったのだろうか。
霧時廻嶺 @Kira_0409 その他(?) 俺((((((((